2014/04/08

UDA週末ゲーム会('14/04/05,06)

先週末の土曜日と日曜日に突発的に時間ができたので自宅ゲーム会を開催しました。

土曜日は午後7時半から深夜0時前まで、日曜日は午後1時半から午後8時頃までじっくりとボードゲームを楽しみました。

プレイできたタイトルについて印象等をこちらにて簡単にまとめておきます。

“マチュピチュの王子”(マック・ゲルツ/PD出版/2008年)

6年前のゲルツのタイトルです。初回プレイの印象が良く、以前よりリプレイの機会を窺っていましたが今回ようやく実現しました。4人。

マチュピチュの各エリアをプレイヤー駒が移動することで各種アクション(リソースの獲得や神殿への奉納、インカ人の派遣、市場での売買など)を行い、勝利点の基礎となるカードの収集をめざします。

ゲルツというとロンデルというサークルを用いたアクション選択のメカニクスが有名で、実際彼の諸作でもよく採用されているのですが、本作には珍しくそのロンデルが登場しません。ただ“選択したアクションにより次のアクションに緩い縛りが発生する”という点では本作も一致しており、本作のアクション選択における王子(プレイヤー駒)移動のメカニクスはロンデルのバリエーションのひとつといえるかもしれません。

アクションの種類がやや多岐に渡るため何をどうすればよいのか、初めてのプレイヤーは判断に戸惑うかもしれませんが、基本となる指針は伝令駒をとにかく進めて1枚でも多くカードの収集に励むということを念頭に置いて、ではそのためにはどうするかとそこから連鎖的に選択すべきアクションを考えていくというのもひとつの選択肢だと思います。

インスト段階ではややトゥーマッチな印象を持ってしまいがちですが、基本的な構造は存外シンプルで、プレイアビリティの高さも手伝って、この手のゲーマーズゲームにしては大変プレイしやすいのではないかと思いました。これは僕がゲルツの諸作に抱いている印象と同じものでもあります。

マチュピチュの各エリアでの移動とアクション選択は濃密なインタラクションそのもので、選択するアクションにより生じる自分のメリットと他人のデメリット(そしてここにはインカ人駒というアイデアが大きく影響してきます。良く出来てる!)のバランスを天秤にかけることで最善手を模索していくこの感覚。避けがたいジレンマの中で次々と判断を下していくのが本作の最大の醍醐味ではないかと。

ほぼ運要素ゼロの競技性の高いゲームにおいてカードのドローの結果がバランス的に運要素が際立ってしまっているようにも思いましたが、完成度は素晴らしく評価はPositive

ゲーム終了条件が二つあり(そして収束のタイミングがまた絶妙に均衡している!)、各々で勝利点への補正処理が異なることで最後まで勝敗が分らないというのもゲルツの憎いまでの好アイデアかと。

それにしてもロンデル的なメカニクスはプレイアビリティの向上と単純に良質なジレンマのふたつを同時にもたらすのだな、と感心。

“ペントス”(ブルーノ・カタラ/アシンクロン/2013年)

国内供給も始まっているカタラの新作カードゲーム。

メカニクスとしてはシンプルなハンドマネジメント、セットコレクションで残った手札が減点の対象となることからゴーアウト的な側面もあります。

今回は時間の都合で1ラウンドのみのお試しプレイとなり評価は保留しますが良い感触から本プレイが楽しみな印象は残りました。また特殊カード以外は内容もアートワークも被りなしのユニークで、またこのアートワークの素晴らしさが印象に残りました。

“電力会社”(フリーデマン・フリーゼ/2Fシュピーレ/2004年)

いわずとしれたドイツゲームのビッグネームを新版発表から10年を待ってようやく初プレイ。4人。

いきなり結論からいうと傑作でした。

競り、ネットワーク構築、手番順操作、商品価格相場など多彩な要素が無理無駄なくしっかりとひとつのタイトルのなかにうまく纏められており、プレイアビリティがまた実に高い。以上。

…とそれだけで終わらせたいところですがそれもなんなんで以下フリーゼの傑作を前に蛇足駄文でも。

運要素はほぼゼロ(しいてあげれば発電所カードの市場への登場順)の競技性の高いタイトルで、プレイヤーのスキルが勝敗に濃厚に影響するタイプの本格的ボードゲーム。とはいえルール自体はそれほど難しいわけでもなく、プレイの基本方針としては自分の欲しい発電所を競りでなるべく安価で入手し、これまたなるべくコストをかけることなく自分のネットワークに接続していくだけ。

と書くとえらく単純なゲームに聞こえるけれど当然そんなことはなくて、そこに他人の発電所状況や発電原料の相場状況、隠匿されている各人の所持金の予想、陣取り要素濃厚なネットワークの絡み、都市の数と手番順操作における攻防、ステージ切り替えのタイミングなど真剣に勝利を目指した時に考慮すべき事案は当然少なくない。

フリーゼの(特に電力関係の)タイトルによくあるように、上記各要素をふまえた上でのシビアなコスト管理、自分の手に握りしめた紙幣の束と盤面の状況を見比べつつああでもないこうでもないと現金の運用に頭を悩ませるのが最大の醍醐味か。お金が足りないと悶絶すること必至でしょうけれどそれが本作の醍醐味で、いかにしゃがみ、いかに出し抜くか、このタイミングを全体の状況から見切ることに長けたプレイヤーが勝利に最も近づくのではないかと。

まあ抜き差しならない緊迫した緊張感が持続する充実の2時間半で、時間が経つのはあっという間。収束性にあと一歩要求したい気もしましたが評価は満足のPositive+

ゼロ年代ドイツゲームのひとつの到達点で、鬼才フリーゼの実りある成果がここに。

数字の管理にアレルギーがある方にはあまりお勧めできませんが、間違いなく輝きを失わないクラシックのひとつでしょう。これだからドイツゲームは…。

“フェニキア”(トム・レーマン/JKLMゲームズ/2007年)

作者は“レースフォーザギャラクシー”や一部の18xxシリーズで有名なトム(トーマス)・レーマン。そう聞くとなんとなく強面なイメージを持ってしまいますがBGGにはこんな作者近影がアップされていたりします。↓(オジサンナニヤッテンスカ!)

さてゲームの方に話を戻しまして。競りやテックツリー、パラメータ管理といったメカニクスが採用された拡大再生産で、運要素も低い本格系。

序盤では成長曲線は緩やかなもので、じわりじわりといった成長の伸びはもどかしささえ感じるものですが、中盤から終盤にかけてインフレ的に一気に伸びるあたりはいい意味でアメゲーぽいというかカタルシスそのものというか。まあそれも序盤での仕込みありき、メカニクスとしてのテックツリーをしっかりと理解した上でのプレイありきで、その点においてゲームが最初から最後まで因果関係として一本の線で結ばれる(ような気がする?)のはセッション後に充実感をもたらしてくれます。

特徴的なのが競りの原資となる資本をもたらす生産力というパラメータと、その上限を厳しく制限する倉庫/国庫の存在で、ここをしっかりとマネジメントできないと終始苦しい展開に苛まれること。逆にその点のマネジメントと競りでの勝利、そしてテックツリーを上手く利用した拡大再生産が本作の最大の醍醐味ではないかと。そしてやはり勝敗を決するのはニッチな方針を取ることで競りにコストをかけることなく独自の繁栄を構築できたプレイヤーではないかと思われます。

レーマンらしい、冗長さのない非常に鋭いタイトルで、収束性がよく単位時間あたりの密度もなかなかのもの。言い訳のきかないシビアな点もフリークには魅力的で評価はPositive-。各カードにそれほどテキストが載ってないこと、偏った効果が少ない点も好印象でした。

久しぶりのプレイとルールの読み込み不足ということもありややインストが冗長だったことをこの場を借りてお詫び致します。もうちょっと上手くインストできたら導入から締まっていたかなぁ。


ということで二日間にわたり3(+1)タイトルを楽しむことができました。どれも充実した濃いセッションだったと思います。急な呼びかけにも関わらず集まっていただいた諸氏に謝意を。また宜しくお願い致します。

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